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第1話 知財立国実現への道のり
〜実現するための三つの課題
昨秋から今年の春にかけて、社団法人・企業研究会、日本知的財産協会などからの講演依頼をいただき、無形資産経営、特許マネジメント、特許収益化に関するセオリを延べ500社を超える知財ミドルマネジメントの方々にお伝えしてきた。概ね好評であり、レクチャー後の懇親会では90分間名刺交換と質問攻めということも珍しくなくなった。
私がマーケットドリブンな知財マネジメントのセオリを発表し始めた3年前、多くの知財トップの方々の反応は「今日はおもしろい話を聞いたけれど、これはIBMさん(私の前職)だからできたことでしょ・・当社ではまだまだそこまでは必要ない」という冷ややかなものであった。
私のレクチャーの内容は3年前から若干の進展はあるものの、「将来マーケットを見据えた特許マネジメント」という本質を変えていない。つまり、私のレクチャー内容が素晴らしいから質問攻めに会うのではなく、時代が動き始めたという端的な証左がここにある。啓蒙現場の最先端にてこのことを肌で感じる。
特許マネジメントに関する啓蒙の時期はほぼ完了したと考えている。「将来マーケットを見据えた特許マネジメント」というセオリを理解した多くの企業は、自らの特許マネジメントスキームにこれをインプリメントしてゆく第二ステージに入り始めた。しかし、特許マネジメントスキームのインプリメンテーションは、単なるスキーム改善にとどまるものではない。実際は、私がかねがね主張してきたCIAO(Chief
Intellectual Asset Officer)等の新組織の設置や知財部門の人員増など、会社の組織的・人事的問題に抜本解決を委ねるべき部分が多く、トップマネジメントのコミットメントが必要である。
2003年の下半期からは、いよいよトップマネジメントの啓蒙に入らなければならない。このことが知財立国実現に向けて必須不可欠な課題として浮かび上がってきた。そのための方法論については現在模索中であるが、並行して、ここで改めて現在の日本において象徴的なスローガンともなっている「知財立国」とはいかなる概念なのだろうか、初心に戻って検討してみたい。
(1) 知財立国実現のための手法とは?
「知財立国」を一言で定義してみよう。私ならば「日本の人材が生み出す知的資産を基盤として、我が国の国際競争力を回復すること。」と定義する。
日本の国際競争力の低下は著しいとされている。2001年のIMDランキングにおいては30位という屈辱的な順位に甘んじた。製造コストの面で中国・台湾などの新興国家に水を空けられ、金融危機が叫ばれる中、我が国に存在する比較的健全な資源である先端技術力。これを収益化可能な形にパッケージングし、我が国の国際競争力の源泉とすること。これが知財立国を実現するためのマクロ的な手法である。
ところで、我が国の先端技術力を担っているのは、日本に存在する研究所・企業(以下、「組織」という)である。そこで、知財立国実現のために、各組織において図1に示すような知的資本経営を確立することがよりミクロ的・具体的な手法となる。
図1 |
図1に示したモデルは、各組織において、知的資産によって企業価値等を向上させるメカニズムにかかるものであり、
(a) 各組織が良質な人的資本(知識的に洗練され、適切なモティベーションが与えられた人材)を育成し、
(b) 彼らが創造した形のない「知」を「よい特許」やノウハウパッケージという形のある、収益可能な「知的資産」に加工し、
(c) この「知的資産」を各組織の競争力や企業価値の向上につなげていく、 |
という三つの連鎖ステップから構成される。
我が国に存在する各組織がこれを全うすれば、我が国の競争力がその総体として向上し、知財立国実現のためのマクロ的な手法と結びつくことは明らかである(図2)。
図2 |
民はそれぞれの企業努力によって上記連鎖ステップを自己の組織にインプリメントしていく、ミクロ的な手法を実践するプレイヤーである。一方、官は民によるこのような活動が滞りなく進むために土壌となるべき制度を創造整備する役割を担う。この両者が自己の役割をそれぞれ認識し、きちんと噛み合うことのみによって、知財立国の実現は可能である。
(2) 知財立国を実現するための課題とは何か
上述したように、知財立国実現のためには、各組織(民)によるミクロな実践と、官によるマクロな実践とが絡み合うことが必要であると感じる。そこで、それぞれのレベルの実践において、私が認識した課題を述べてみたい。
ミクロ的な「民」による実践レベルにおいて、日本の組織の第一の課題は、上記(b)にかかる部分であり、より具体的には、「よい特許」を取得するための戦略戦術の欠如である。特許は生み出された「知」に対する保護パッケージである。投資効率の観点からは、投資の成果として創造された技術の価値を最大限保全し、これを将来の収益化・競争力に十全に結びつけることが必須不可欠であり、このための媒介としての役割を果たすのが特許である。特許が投資効率を左右する媒介資産である以上、当然のことながら特許に対しては戦略的な資産管理がなされていなければならない。
しかしながら、多くの日本の組織においては、良質な特許資産とはどういうものか、つまり「よい特許」とは何か、というイメージすら浸透していない状況にある。従って、せっかく良質な「知」を生み出しながら、その保護パッケージである「特許」の取得が未熟であるために、「知」を十分に資産化できていないという現状が認められる。
第二の課題は、上記(c)にかかる部分であり、特許に代表される「知的資産」を収益力や競争力に結びつけるという発想、それを実現する組織・理論の欠如である。特許をはじめとする知的資産は、放置しておけば徐々に揮発して、やがて無価値になるものである。端的に実例を示せば、素晴らしい技術を開発して、基本特許を取得したとしても、他社の模倣を放置すればマーケットは食い荒らされ本来得るべき利潤は得られなくなるだろうし、継続的な開発投資を行わずに改良特許を取得することを怠れば、他社の改良特許に包囲されてマーケット支配力を失うであろう。取得した特許やノウハウをきちんと管理し、企業の競争力に結びつけるという姿勢がなければ、優良な知的資産であっても不良資産化してしまう可能性が高いのである。
毎年、米国特許取得件数のベスト10が発表される。大手電機メーカを中心に、日本企業は7〜8社を占めるのが通例である。しかしながら、日本の特許料収支は依然として赤字であるという。この事実は、「よい特許」をイメージしないで多くの特許を取得しているために競争力の源泉となるような良質な特許が取得されていないのではないか(第1の課題)、せっかく「よい特許」を取得していてもそれを競争力に生かすという発想が乏しいために十分に収益として貢献させていないのではないか(第2の課題)、という懸念を象徴的に表している。
最後に、マクロ的な実践レベルにおいて懸念される第三の課題を示す。それは、民と官との連携である。言うまでもなく、制度を創造整備する官の意識と、制度ユーザである民のニーズとの間に乖離があってはならない。そのためにも、官民はよき連携を保ちつつ、ときには一体になって「知的資産による国際競争力の向上」という命題に立ち向かうことが求められている。知財立国実現に向けて、将来にもわたり、民と官とのスムーズな連携が継続することを祈りつつ、あえて、第三の課題としてここに懸念を表明したい。
本稿は3ないし4回もののシリーズとする予定である。次回(第2話)は、第1の課題及び「よい特許」の概念を中心に詳述し、次々回(第3話)は、第2の課題及び人材育成について論じようと考えている。
第1話 知財立国実現への道のり
〜〜実現するための三つの課題
第2話 マーケットドリブンな特許マネジメント理論
〜現在の問題点とこのために考えるべきこと
第3話 知的資産の収益化におけるスキームと人材育成 |
鮫島 正洋(さめじま まさひろ)
知財評論家。知財に絡む社会の動きを怜悧に捉え、万人にその本質を伝えることをモットーとする。酒と美食を愛し、堕落を旨とするが、知財に対する想いは人後に落ちないと自負する知財エバンジュリスト。表の顔は「弁護士」、知財マネジメント・コンサルを隠れた生業としている。
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