知財の中間機関と個性ある競争 (Vol.3-7)

 この数年の間に、知財のビジネス・シナリオは多様化した。商品・技術開発戦略、M&A、ライセンシング、知的財産会計、知財ファイナンス、譲渡・相続など各種の台本が生まれている。そのシナリオの中で開発されたビジネス・モデルも豊富になってきている。例えば、これまでの知財戦略のコアとなっていたビジネス・モデルは、ライセンス交渉、知財経営の体系化、標準化・グループ管理、知財評価・職務発明などであった。最近は、法制度の改革に伴って、種々の派生商品モデルが登場してきた。知財担保・資産流動化、知財証券化・管理信託、知財人材教育・データベース提供などが、その典型事例である。むろん、危機管理型のビジネス・モデルも多様化している。侵害訴訟・ADR、国際移転価格税、知財ポートフォリオ分析などは中心的な課題である。

 特に、キャッシュ・フローとの関係が明確な知財については、資金調達の道具として別途に事業化されつつある。事例を挙げると、著作権系(プログラム著作権、データベース、映像コンテンツ、ポータルサイト・パッケージ)、産業財産権系(特許権(物質系)、実用新案権、意匠権、商標権)、種苗法系(新種、細胞)と商標の組み合わせ、IC回路法系(IC設計資産)、その他複合系(スタンドアローン型ブランド、事業化契約)などである。また、キャッシュ・フローとの関係が不鮮明な知財については、利益倍率を重視した経営のリエゾン組織を作ることによって運営されている。例えば、不正競争防止法系(ノウハウ、商品表示)、著作権系(マニュアル、顧客リスト、設計図面、デザイン案)、産業財産権系(出願権、自己実施、防衛特許、未利用特許)、その他複合系(研究用TRP、経営能力型ブランド、アーリーステージ知財)などである。むろん、IR(投資家との関係)における情報開示の場面においても、知財の純資産倍率が重視されるようになってきた。さらに、技術開発のエコサイクル理論に基づいて、研究の成果として生み出された知財をパブリック・ドメイン(公共の用物)とする戦略的判断も重要になってきた。

 これら知財ビジネスには、共通した特徴が見られる。つまり、共存の条件(プラットホーム)を知財の下に再編成し、その環境の中で「個性のある競争」を展開しているという点である。一つの企業における知財の戦略の中心的課題は、当然のこと、成長の先端を保護することにある。しかし、それは局所的な方法論にすぎない。知財は保有することによって価値を見いだすのではない。むしろ、使用することによって価値が生み出されるものである。そしてまた、個人や組織から分離され得ない知識・知恵あるいはノウハウ・技能という領域との間に新たな中間機関を作ることによっておのずと活性化するものである。したがって、知財を特許権という狭い範囲に閉じ込めて、その権利の防衛と管理を行うという、コスト部門的経営スタイルは終焉したはずである。むしろ、プロフィット部門的経営スタイルを企業経営の脳幹の中に組み入れる必要がある。知財の環境の中で、個性ある競争を展開すべきであろう。

 例えば、今、特定の知財が作り出す価値形成プロセスを国の中に閉じ込めることを企画する(むろん、国の中に閉じ込めなくてもよいが)。その場合、直接・間接に必要となる「知財、資源、素材、部材、・・・、付帯サービス、金融・・」などの事業構成要素は、一つの知財ビジネス・システムを作り出す。この知財システムの構成要素と企業経営の関係を保つための方法が、知財経営(IAM)という戦略であり、それを執行する組織が中間的機関としての知財リエゾン機能である。

 もう少し、範囲を限定しよう。共同研究開発によって得られた新たな発明を共有する場合、産官学の連携システムが作り出される。特定の大学の知財経営とそのビジネス環境に参加する複数の企業群との間に、利益の相反が生じれば、その摩擦を回避するための知財のコンソーシャム(管理信託方式に基づく中間機関が良いと考える)が必要になる。産官学の連携システムの中に、中間機関としての調整機能を創設することも、企業が日本の中において「生活を持続」していくためには必要な知財の環境となる。

 さらに、問題の範囲を絞ろう。特定の企業において技術系社員の大量早期退職が発生したとする。特定の企業において包括クロスライセンスの対象となっていた事業を撤退する事態が発生したとする。このような場合、知財ビジネス・システムとしての危機管理を発動することは可能なのであろうか。やはり、これら守りの部分に関する知財戦略を行うための中間機関が必要なのではないだろうか。

 守りの部分に関する知財戦略があるとすれば、当然のこと、攻めの部分に関する知財戦略があるはずである。仮に、ナノテク分野において、「医療と発光素子と光触媒と燃料電池とSPM」の各分野が知財戦略の視点から融合することによって安定性が増加したとすれば、当然の成り行きとして、「ナノテク融合分野」という数兆円規模を想定した新産業領域が形成されるはずである。そのとき、コア事業は市場の競争原理に基づいて持続的に成長するのであろうか。産業としての育成支援を行う機能は必要になるだろう。もう一つ、攻めの部分に関する知財戦略を挙げるとすれば、標準化問題、さらには、危険物質管理問題がある。つまり、知財に基づく「公益」あるいは「共益」の行使に関して、リーダーシップを取っていくのは誰かという課題である。むろん、これまでの標準化などへの対応姿勢が不十分であるといっているのではない。特許権に関する強制実施に類したことのみを課題にあげているのではない。知財経営という視点からの切り口を明確にすることが大切であると考える。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。