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知財のペナルティ (Vol.3-3)
知財の損害賠償訴訟の事案は潜在的にも増えている。それはなぜか。二つの理由がある。信頼に基づく社会的な調整コストが高くつくようになった、いわゆる、信頼が高級品になった。その反動で、安物買いの人間関係が切れやすくなったからである。さらに、複雑多岐な知財の価格を曖昧な判断に基づいて後から修正しようとするからである。
このような者たちが公開の場としての裁判所の門をたたくのであろう。その前に、調停・仲裁の第三者ADR機能を利用すればよいのではないかと思うが、残念だが、一種のアレルギーのようなものがあるらしい。いや、もしかすると、多くの企業はADR機能の利点を知らないのかもしれない。
裁判所による斟酌判断は、想像するに、複雑なはずである。法的な体裁を保ちながら、訴訟の対象となっている知財のシャドウ・プライスを推論するのは、かなりしんどい作業である。それゆえ、その図式を品格というブラックボックスの中にしまい込みたくなるのではないだろうか。しかし、それがいくらになるのか、下賎ではあるが好奇心がふくらむものである。
そこで、最近の判例(2001.2〜2003.10)から実施料の斟酌率(裁判所判断/原告主張の比率)という指標を、勝手に作って、分析してみる。この斟酌率が、対数正規分布に基づく推論に耐えうるものとして、次の四項目の要因、つまり、(1)シーリング・レベルの存在、(2)原告請求レベルの大小、(3)特別事情考慮の有無、(4)ベンチマーク判断の有無(発明協会の実施料率を用いているか否か)、に影響されるかを回帰してみる。分析の結果はどうなるのか。まず、斟酌率の平均的な上限(シーリング)が1.4倍と推定される。つまり、最近の判例では、米国レベルとまではいかないまでも、懲罰的な判断がなされている可能性があるというマクロ的仮説が成り立つのである。第二に、原告の請求内容に強く影響されるということである。そういう視点からすれば、斟酌率は法廷戦略の設定次第ということにはなる。第三に、知財固有の特別事情を考慮しているらしいのである。したがって、単に、過去の判例に基づく判断のみに依存しているわけではないのである。
四番目の要因が問題である。ベンチマーク判断に影響を受けていることが統計的に有意なのである。そして、その唯一の根拠として、なんと、古臭いアンケート調査に基づいて公表されている(社)発明協会の実施料率が算定基準として多用されているのである。むろん、この実施料率が信頼できないと言っているのではない。例えば、米国には、実施料率に関するデータベースが複数存在する。それらのデータベースの数値を比較してみる。表象上、同じような分野に属するはずの実施利用率の平均値とその分散が類似していると証明できれば、ベンチマーク判断に対する不信感は和らぐのであるが、残念なことにそれができない。しかし、取引事例の個別事情を類型化した上で歪みの調整を行うことは可能であるから、ベンチマーク判断に使えそうな価格の幅を、複数のデータベースを比較することによって、あたかも、合議による産物として、試算することはできるのである。このような手続きが合理的判断の根底に欲しいのではないかと問題を提起しているのである。
もし仮に、そのようなプロセスが期待できるのであれば、斟酌判断の要因は合理的なベンチマーク判断と法的体裁を整えたシーリング・レベルという二大要因に絞り込まれるはずである。迅速かつ適確な判断は社会的な調整コストを軽減する役割を担うのではないだろうか。
菊池 純一(きくち じゅんいち)
知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。
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