知財の安全保障と先行指標  (Vol.2-7)

 知財の管理状況の良し悪しは国家安全保障の先行きを表す指標である。知財は社会の安全性を増幅させるために開発された社会システムのコア技術である。そのコア技術に不都合が生じれば、安全性に係わる先行指標は低下し、治安の悪化が現実のものとなる。物々しい言い方を並べてみたが、このような視点が重要になってきている。

 いま、一定の臨界基準をクリアした商品を条件付で安全と評価する。そのレベルの安全が導入されたとき、社会システムは一定期間、包括的な安全の水準が維持できるとしよう。そのような商品を成り立たせるための知財が盗難にあったとする。しばらくして、模倣品や海賊版という別称の商品が世の中に出回ったとする。

 ここで問題はなにか。その模倣品が完全なデッドコピー商品であれば、社会システムの安全は維持できるだろう。いや、むしろ、エイズ治療薬のコピー商品を地域限定で容認したように、安全性が増進することもありうる。しかし、臨界基準を無視したものであれば、社会システムの中で築かれてきた「信頼の輪」は次々と切れて、壊れていく。国家安全保障の枠組みが崩壊する。

 知財の権利制度は、社会の安全性から得られた総合的利益の一部を私益として還元することを保証する枠組を認めている。この場合、総合的利益とは、単純化して、私益+共益+公益の合計であるとしておく。したがって、制度ユーザーであるA社が「真正品」を提供しているのであれば、模倣品を作るB社が権利侵害をしているということになる。B社が得た不当な私益をどの時点でA社がどのような方法(敵対方法あるいは融和策)で回収するのかは、基本的にA社の戦略的判断に基づく費用便益の鞘取りで決まる。すくなくとも、A社は、この商品の総合的利益の全体像を知っておく必要がある。さらに、B社が制度ユーザーであることを拒否しつづけるのであれば、特に、B社が異国にて活動している場合、私益を超えて国家間に「知財の傘」を広げて、その処分を合議する必要がある。

 しかし、現実問題として、その商品にA社固有の知財が適正に使われているかどうかの来歴を検証するのは容易ではない。なぜならば、コピー防止技術や検査技術の開発が遅れているからであり、かつ、知財の表示方法それ自体が旧態依然の様式にとどまっているからである。模倣の発生の予知技術にいたっては、ありそうなものなのだが、国の研究テーマの項目には入っていない。仮に、模倣を繰り返す行為が本物を提供するA社の持続的成長を阻害することが予見されるのであれば、初期消火の心構えに基づいて、二枚目の模倣品を阻止するため、ケチらずに、一枚目を放置しておかないことである。A社は抑止力として明確な知財戦略を表明しておくべきである。さらに、模倣品が私益を超えた共益や公益を阻害するのであれば、A社の枠組みを超えた、官民連携の新たな制度機構が必要になるのは当然の成り行きだろう。

 リバースエンジニアリングの立場からすれば、模倣という行為は、研究開発の原点にある重要な中間プロセスである。その中から漸増的な発明が生まれてくる。ときには、革新的な偶然の産物も生じる。知財の萌芽期から成熟期までを俯瞰した場合、一連の価値形成プロセスの各要所おいて、模倣品の存在は企業経営指標の重要な先行指標となる。模倣によって企業間の競争が活性化する場合も多い。ときには、違法行為による模倣品が進歩へのインセンティブを失わせることもある。それが現実であると容認するのは早計である。まず、なにが違法行為であるかを啓蒙するレベルから再教育すべきである。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。