組織の限界と技術マネジメント (Vol.1-5)

 目の前にある商品Aがインチ・オンスの世界で作られたとする。これをセンチ・グラムの世界に腑分けして、再度、組み立てて、巨大化させた商品Bを完成させたとする。さらに、ナノの世界に縮小して、微小な構造物の商品Cを実現させたとする。それぞれのレベルにおいて産業財産権が付与される空白の領域は大きい。

 これに比べて、現存する組織に新たに機能を加えることはかなり難しい。例えば、研究開発予算を厳密に経理する組織の中に、研究開発の成果を評価する機能を組みこむことは、組織の責任と権限が再編成されない限り難しい。それはなぜか。理由は二つある。一つは、一般的に、組織の内部には、決定的な評価を中断された知財が蓄積する傾向がある。関連のある知財のすべてを開示・流通させないほうが、将来の状況が変化し追加的情報をもたらすであろうという淡い期待の助けによって、その知財の価値が増殖するようになるからである。もう一つの理由は、ある程度の複雑さを持った組織においては、関係ある事案のすべてを知っているということが極端に不可能になる。洪水のように流れ込む情報に押し流されるのが常である。たとえ、適正な費用の範囲と適正な成果の範囲を、条件付の形で形式的に整理できたとしても、過大な負担が組織を構成する小グループに集中してしまうからである。

 この種の組織の限界は、K.アローという経済学者によって三十数年前に論じられている。この限界を打破するには、内部価格を通じる技術マネジメントの仲裁に頼らざるをえない。つまり、先ほどの商品Aは他の組織においてなされた発明である。その発明を放棄した代償は商品Aをリバース・エンジニアリングすることによって得られる技術革新の機会費用よりも小さいはずである。そうでなければ、商品BやCの技術開発は中断される。また、巨大化技術がもたらす商品Bの潜在的な市場が不鮮明であったとしても、さらに、微小化技術の商品Cの市場も、同様に、未知であったとしても、その組織が保有する知財の蓄積は幅広く、かつ、深化するはずである。仮に、机上において商品BとCのビジネス・モデルを展開した場合、ある程度統御可能なリスクを考慮した上でそれらから期待される市場価値を試算することができるのであれば、知財のキャッシュフローの仮勘定表を作表することができる。むろん、条件付きの仮勘定であるから、責任のすべてを果たせるものではないが、それ以上気を使う必要はないという極端なことは許される。そこで、時間の経過と共に知財の価値形成プロセスの中でなされる線表上の判断をR判断としよう。仮勘定表上のキャッシュフローが赤字を積み上げ続けるのであれば、ビジネス・モデルを変更するか、あるいは、技術開発を凍結するというR判断をせざるを得ない。R判断の中に、継続的組織に固有の責務、あるいは、信念、怨念、そして、夢というものが強く注入されているのであれば、その赤字の幅は広めに取られる。

 組織の限界には、もう一つの側面がある。つまり、研究開発にとって良い土壌を与える組織であったとしても、そこから生まれる成果がすべて良いとは限らない。いわゆる、「毒麦」も良い土壌で育つのである。知財の社会的成果(Social Outcome)に聞く耳を開き、それを悟る技をもった人々が求められる。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。