始めに「イグ」ありき (Vol.1-1)

 「イグニスコラム」と名づけたのは、最近の知財ブームを再検証する気持ちを込めたかったからである。 「イグニス」とはラテン語で、人の情けと熱さという意味である。むろん、十数年前にハーバード大学の学生が始めた、「イグ・ノーベル賞(http://www.improb.com/ig/ig-top.html)」の「イグ」も、同じ意味であるから、「イグ」なるものを考えるのはきわめて大切である。昨年のイグ・ノーベルでは、タカラの「バウリンガル(http://www.takaratoys.co.jp/bowlingual/)」が賞をとった。「バイリンガル」ならば、我が家の娘もそうだし、六本木にも出没する。しかし、タカラの発明品は犬語のバイリンガルである。我が家のイギリス生まれの犬に試してみた、驚きである。わかるらしい。しかし、すぐに飽きられた。

 「イグ・ノーベル」の「イグ」には、「笑い」と「考える」が必須である。そして、はっきりいえば、「cannot or should not be reproduced」であることが望まれる。知的財産とはなにか。その原点をさぐってみよう。

 どこまで戻れば、原点が見えるのか。まずは、二百年ぐらい前が良い。イギリスが産業革命に成功して超先進国になっていた時代である。なお蛇足だが、最近の学生にとって、一時期流行した「超」という言葉は、すでに死語になっている。この超先進国に追いつけ追い越せという戦略を立てたのが、その当時のドイツである。その中心人物がフリードリッヒ・リストである。この学者の理論は二十世紀に入ってからヒットラーの特許戦略という思想に使われたものだから、毛嫌いされて、現在では、あまり注目する人はいない。しかし、EUのような経済共同体の発想や、日本の経済産業省が推し進めてきた産業政策の原点は、この学者の考えに基づいている。さらに、米国のモンロー主義といわれる考え方もこれに基づいている。たまには、勉強してみるとよい。

 さて、なぜ、知的財産に絡んで彼を挙げたのか。むろん、特許制度の原点にいるからだが、彼の本(The National System of Political Economy, 1841、この本は慶應義塾大学図書館に所蔵されている)の中に、とても面白いくだりがある。彼いわく、『イギリスに追いつき追い越すためには、物財や金融の力では太刀打ちできない。悪循環におちいる。しかし、幸い、イギリスが見落としていることがある。「心の資本」の力だ。これを再編成しようではないか、諸君』、という筋書きである。彼は、「心の資本」に、英語の「Mental Capital」を使った。しかし、彼が具体的に意図したことは、まさに、現在の「無形資産」であり、その当時には、軽んじられてしまっていたギルド組織が築き上げてきた「心の資本」を再生させようとしたのである。


菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。