第12回
 「業界の規格」に基づきクレーム中の「カード」という文言の解釈した地裁の判断を誤りとした事例



E-Pass v. 3 Com Corp.事件

[本判決のポイント]
 クレーム中の文言解釈において、特に明細書で限定、あるいは、放棄しない限り、「業界の規格」にとらわれず「通常使用される意味」(ordinary meaning)で解釈される。


[背景]
 3COMはPalm Pilotのトレードマークでハンドヘルドコンピュータを販売していたところ、E-Passの所有する多機能電子カードに関する311特許を侵害したとして地裁に訴えられた。 
 地裁は、311特許のクレームの文言解釈において、明細書の目的の記載に基づき、「Card」という文言がクレジットカード業界の標準である米国標準協会(ANSI)等の規格で規定される寸法を有するもの(長さ: 3.375インチ、高さ:2.2125インチ、厚さ:0.030インチ、誤差:0.003インチ)に限定解釈されると判断した。3COMの製品は、クレジットカードの58倍の体積、25倍の厚さを有していたため、地裁は、文言上および均等論上非侵害の決定を下した。E-Passはこの決定を不服としてCAFCにアピールした。


[CAFCの判断]
 CAFCは、クレームの文言解釈は、(1) 「通常使用される意味」を特定し、(2)それを明細書と対比して行われるとして、まず、CAFCは「通常使用される意味」を特定するため、以下の3つの辞書の定義の検討を行った。

(1) Merriam-Webster's Collegiate Dictionary
 平らな固いもの。小さく四角形で紙、プラスチックのような材質でできているもの。("a flat stiff usu. Small and rectangular piece of material (as paper, paperboard, or plastic).")

(2) Random House Webster's Unabridged Diectionary
 通常、四角形で固い紙、厚紙、プスチック等からなる。("a usually rectangular piece of stiff paper, thin pasteboard, or plastic for various uses.")

(3) Oxford English Disctionary
 銀行等によって発行される、情報を伴う固い四角形のプラスチックでできたもの。"[a] rectangular piece of stiffened plastic issued by banks or other institutions, with information embossed or otherwise represented."

 CAFCは、これら辞書における"Card"の定義は、長さ、幅、あるいは、厚さ定義をしておらず、また、「業界規格」の寸法にも触れられていないと判断した。
 また、CAFCは「通常使用される意味」を特定するために、クレームの文脈で、その文言がどのように使用されているかを見る必要があるとして、クレームでの「Card」の使われ方(electronic multi-functionと共に「card」が使用されている点)を検討したが、特に、通常のカードの意味から離れ、カードのサイズ等を限定するものではないと判断した。
次にCAFCは明細書を参照し、本願で権利を放棄したもの、あるいは、限定する記載がないか判断した。明細書の書き方から、特許権者は、カードのサイズは、「業界規格」とは、異なることを理解していると判断した。具体的には、CAFCは、「通常標準の寸法を有する(normally have standard dimensions)」等の記載を参照し、「通常(Normally)」等の表現等から、「card」は、クレジットカードの寸法に限定されず、その寸法とは異なることものでありうるものであり、また、明細書には、辞書編集者的で「card」を定義しておらず、何ら、明細書は、「card」の普通の意味と相違するものではないと判断した。
 また、地裁は、明細書の目的の記載から本願の「card」は、クレジットカードの機能的な代替物であり、ANSIに準拠していなければならず、また、交換可能性(interchangeable)が無ければならないと判断したが、CAFCは、311特許の明細書の「通常、単一用途のカード(クレジットカード等)にあるような磁器帯部を必要としない(there is no need for the magnetic stripe normally existing on the present single-purpose cards.)」等の記載を参照し、この記載は地裁の目的のみに基づく交換可能性(interchangeable)に関する判断は明細書の記載と矛盾し誤りであると判断した。(判決の中でCAFCは、発明は数多くの効果と目的をもち、全てのクレームがその目的効果に一致するよう解釈されるべきではないと述べている)
 よって、CAFCは、地裁の文言侵害の判断を棄却し、均等論についても誤った文言解釈がなされ、さらに、その誤った文言解釈から均等論が判断されているため、均等論に関する判断を本件に基づいて再考する必要があるとして、地裁に差し戻した。


[筆者コメント]
 本件では、CAFCは、「業界規格」で文言解釈した地裁の判断を誤りとしたが、全ての場合で、「業界規格」に基づく文言解釈を否定した訳ではない。「通常使用される意味」が、「業界規格」と一致し、更に、明細書で特に限定、あるいは放棄するような記載がなければ、「業界規格」が通常の意味として解釈される可能性は高い。
 また、CAFCは、明細書中の「カード」のサイズを限定する記載を調査し、また、最終的には、「カード」がクレジットカードのサイズに限定されないように解釈できる文言(usually等)あるいは、クレジットカードに限定されない旨の記載から、本願の「カード」という文言に「通常使用される意味」が適用されると解釈した。言い換えると、本件では、出願人が、「カード」という文言がクレジットカードのサイズ以外のものも含むのもである点を明細書に示した(あるいは示唆した)ことで、「カード」という文言がクレジットカードのサイズに限定されないものとして解釈された。このように、裁判所の文言解釈においては、出願人が明細書中で「カード」という言葉をどのように理解し、どのように記載しているかにより解釈が左右される。仮に、出願人が、「カード」がクレジットカードであることを念頭に置き、クレジットカードについてのみの実施例を書いたならば、それと矛盾するあるいはそれを否定する記載がない限り、クレームの「カード」はクレジットカード(のサイズ)に限定解釈された可能性は高い。この判例から言えることは、クレームの構成については、将来の訴訟に備えて、あらゆるものを権利範囲として理解していることを明細書で示す必要がある。そのためには、当たり前のことではあるが、明細書に記載されるクレームの構成要件1つ1つについて、「明細書に記載される構成に限定されない」旨記載し、さらに、明細書で、「usually」等文言を使用しその構成に限定解釈されないよう示唆することで、将来の訴訟でクレーム解釈を有利に進めることができるようにすべきである。


 本論文は、具体的な法的アドバイスをするものではなく、一般論を述べたもの。事実関係により、この判例はケースバイケースで適用されるべきであり、具体的事例については、米国弁護士の鑑定をとる必要がある。また、本論文から生じた一切の損害には責任を負いかねます。



今泉 俊克(いまいずみ としかつ)
 米国特許弁護士。1962年、東京都出身。1985年中央大学理工学部電気工学科卒業後、1985年-1995年(株)リコー法務本部勤務。1995年-1998年駐在員としてRicoh Corporationに勤務。(ワシントンDC駐在) 1997年米国Patent Agent Exam合格(Limited Recognition)。2001年 Franklin Pierce Law Center卒業(Juris Doctor取得)。現在、Rader, Fishman & Grauer PLLC (ワシントンDC)で、主に特許出願手続き、意匠出願手続き、特定分野の判例の調査、法案の調査、判例に基づく米国出願用英文明細書の作成を行っている。2003年2月ワシントンDCの司法試験に合格。趣味:カニ釣り、下手なゴルフti@raderfishman.com























本事件の判決文は
こちら


対象権利
USP5,276,311