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第9回 明細書の一実施例に限定解釈されなかった事例
Electro Scientific Industries, Inc. v. Dynamic Details, Inc. and GSI, Inc.
[本判決のポイント]
クレーム文言解釈において明細書の一実施例に限定解釈しなかった事例。(内的証拠(明細書、審査経過等)で限定解釈されるような記載がなければ、明細書全体を通してクレームの文言解釈する。)
[背景]
原告であるESI(特許権者)がDynamic Details Incを特許侵害で地裁に訴えた裁判で、ESIは地裁の特許非侵害の判断を不服として、CAFCに訴えた。
問題となっているクレームのおいて書き(Preamble)に「Workpiece 処理システムの一部として実行されるツール位置決め装置であり、そのWorkpiecesとしてはElectronic circuit boardsである同一な回路基板(Circuit Boards)に孔を形成する方法において」と記載されていた。
地裁は、対象特許のクレームは単一のWorkpieceではなく、同時に処理される切り離された(複数の)Workpiece(Separated Workpiece)に限定解釈されるとし、被告製品を非侵害であると判断した。(本件では、WorkpieceとCircuit Boardという2つの用語を用いているが、Workpieceは処理される対象を意味し、Circuit Boardは処理されてできた製品をさしているよう使用されている模様。本判決では、これらの用語を明確に定義していない。)
本件では、クレームの文言解釈が主に議論され、特に、クレームが、「穴を形成する時点で、Workpieceが切り離されたものか、単一のもの」どちらに解釈されるのかが争われた。
[CAFCの判断]
被告であるGSIは「おいて書き」及び「明細書」に基づき、切り離された(複数の)Workpieceを示しているため、処理中のWorkpieceは切り離された複数のWorkpieceを意味すると解釈されると主張。
CAFCは、クレーム、明細書、審査経過、当業者の常識、辞書を参考とし、Workpieceの文言解釈を行った。
(1)クレーム
CAFCでは、まずクレームの「おいて書き」参照し、「おいて書き」に限定されたCircuit
Boardをクレームの本文で引用し使用しているため、少なくとも同一な回路基板に限定解釈されると判断したが、「切り離されているか否か」については、クレームに述べられていないと判断した。
(2)明細書
次に、裁判所は、明細書を参照。明細書には、複数の切り離されたWorkpiecesの記載(第6図)があるが、明細書には、また、「Workpiece」は処理後複数のCircuitBoardsになるとの記載があり、Circuit Boardは処理中に切り離された状態である必要はないと判断した。(クレームされている処理が終わった後、Workpieceは切断され、複数のCircuit Boardsとなる。)また、明細書には、物理的に切り離されていることを必要とするとはどこにも記載されていない。また、明細書全体を通して見た場合、第6図に記載される切り離されたWorkpieceは、クレームを限定解釈させるものではない。このように、明細書は「処理中にWorkpieceが切り離されていること」を必要としないとCAFCは判断。
(3)審査経過
また、CAFCは審査経過を参酌し、切り離されている点に限定されないと判断。1つのWorkpiiceの中に、いくつものCircuit Boardsを含むことも可能だとした。
(4)当業者の理解
さらに、CAFCは当業者の共通した理解として、外的証拠を参酌。おおきなWorkpieceからいくつものCircuitを作り出すものであると理解していると判断。
(5)辞書
また、CAFCは辞書を参照し、Workpieceは一般に使用されている意味では、切り離されていることを必要としない。
このように、CAFCは、クレーム、明細書、審査経過、辞書、当業者の理解を検討した結果、いずれにおいても、Workpieceが処理中に切り離されたものであると解釈することはできないと判断。よって、CAFCは、GSIの主張を認めず、地裁の非侵害の判断を棄却し地裁に差し戻した。
[筆者コメント]
この判決では、明細書全体を参考にし、クレーム解釈では、一実施例に限定されないと判断した点で参考になる判決と言えよう。つまり、明細書の書き方によっては、1つの実施例に限定解釈されず、クレームの文言のまま解釈できるという事例を提供したと言えよう。しかしながら、本件では、クレーム及び明細書の書き方に問題があったため、被告に反論のすきを与える結果となってしまったことも事実である。
本判決では、裁判所は、内的証拠(Intrinsic Evidence、明細書、ファイルヒストリ−等)から何ら限定する根拠を裁判所は見つけず、さらに外的証拠を参酌したが、限定する根拠は認められなかったため、クレームを限定解釈しなかった。
一方、一般的に、実際の裁判では、明細書の記載に限定解釈されるのが現状ではないだろうか。実務でも、この判例のように判断されるためには、何をしなければいけないかを追求する必要がある。1つには、明細書の書き方がある。クレームに記載されるエレメントに2つ以上の意味に解釈がある場合、明細書を書く時点で、両方の意味も含むように意識し、実施例を記載する必要がある。好ましくは、両者の実施例を記載することが必要となってくる。また、クレームもできるだけ両者を含むクレームとし、審査経過でもどちらか一方に限定するような主張は極力避けるといった、対応が必要となろう。また、一般に使われている用語が一方の意味に限定解釈される可能性がある場合、明細書にどちらでも良いことを明記する、あるいは、定義することで、仮に、外的証拠が参照されても、内的証拠で反論できるようにしておくことが望ましい。(裁判所は、内的証拠で意味を特定できない場合のみ、外的証拠を見るため。)
今泉 俊克(いまいずみ としかつ)
米国特許弁護士。1962年、東京都出身。1985年中央大学理工学部電気工学科卒業後、1985年-1995年(株)リコー法務本部勤務。1995年-1998年駐在員としてRicoh
Corporationに勤務。(ワシントンDC駐在) 1997年米国Patent Agent Exam合格(Limited
Recognition)。2001年 Franklin Pierce Law Center卒業(Juris Doctor取得)。現在、Rader,
Fishman & Grauer PLLC (ワシントンDC)で、主に特許出願手続き、意匠出願手続き、特定分野の判例の調査、法案の調査、判例に基づく米国出願用英文明細書の作成を行っている。2003年2月ワシントンDCの司法試験に合格。趣味:カニ釣り、下手なゴルフti@raderfishman.com
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