第2話 知財立国実現への道のり
      〜企業経営における特許資産の位置づけ


 第1話において、知財立国実現のためには、各企業等において知的資産経営を確立することであり、それが総体として知財による国際競争力の向上を果たすことを述べた。その中で、各企業等における知的資産経営確立上の問題点として、各企業が「良質な特許資産」のイメージを意識していないために、開発投資の成果が効率よく企業に帰属していないのではないかという点を指摘した。

 「良質な特許資産」を論じる前提として、そもそも企業経営において特許とはいかなる役割を持ち、いかなる点で資産性を持つのであろうか。テクノロジーカンパニーにおける技術開発は、競争力の源泉であると古くから位置づけられており、その役割は明確であった。しかし、技術と密接な関連を有し、技術を客体とする特許の役割や資産性ついてはあまり論じられてこなかったのではないだろうか。


1 企業経営からみた特許の役割

 言うまでもなく、「技術」はコストフリーで生まれるものではない。熾烈な競争に打ち勝つほどの質を持つ「技術」は、財務会計の中で無視できない比率を占める「投資」によって生まれる。そして、技術が投資の成果である以上、これをその投資主体である企業や研究所・国に有効に帰属させるべきことが原則となる。

 ところで、技術は無形物〜いわゆる形のないものである。従って、技術を有形的な媒体に顕在化させ、これを保全する努力を怠れば、技術はいつしか投資主体から雲散していくものである。例えば、技術を有形化しない企業は、その技術を開発したエンジニアが退職した瞬間に、投資成果としての技術を喪失する。技術が適切に保全されることなく取引書類や学会発表などの形で開示されれば、それはもはやその企業に帰属するものではなく、公衆に帰属するもの(Public domain)と扱われる。同業他社が同一類似の技術を後追い開発して特許出願してしまえば、真っ先にその技術開発に投資して技術を生み出しておきながら、他社の権利に服することになり、開発投資は無に帰する。

 技術を有形化し、これを企業に帰属させるプロセスは、企業にとって、技術投資を保全するうえで本質的な意義を持つ。特許は、(1)企業において生み出された技術(無体物)を特許明細書という有形的な形態で特定、顕在化させる機能と(技術パッケージング機能)、(2)一定要件の具備を条件として、その技術に対する独占排他権を確保し、当社固有のものとして投資主体に帰属させる機能と(技術の帰属機能)、を有するものに他ならない。

 これらの機能を特許の有する「投資成果の保全効」という。「投資効果の保全効」は、特許が有する本質的で、最小限の機能であり、投資成果を逸散させることなく企業に帰属させる点で、企業価値の低減を防止するという消極的な効果を担う。

 他方において、特許は、そこにパッケージングされた技術を独占的に支配する効力を有することに鑑みると、その技術にかかるマーケットが普遍的なものであれば、特許によるマーケットシェアの実現と維持が可能となる。

 この機能を特許の有する「マーケットシェアの保全効」という。

 「マーケットシェアの保全効」はマーケットに対して「特許」を投影したときに初めて具現するものであるから、「投資成果の保全効」に比べれば、いわば二次的・拡張的機能であると位置づけられる。しかし、マーケットシェアの確保という形がビジネスに反映されたときに、特許は初めて企業価値の向上につながりうる。よって、「マーケットシェアの保全効」は企業経営にとって、より重要で積極的な効果を担う。


 【特許が有する経営上の機能】


 「マーケットシェアの保全効」を有する特許こそが、企業経営にとって資産価値を有する。

 「マーケットシェアの保全効」を有する特許には、以下の二つのレベルがある。


(a) 自社技術に対する他社の参入を防止するレベル

 いわゆる防衛特許であり、自社技術製品にマーケットが存在する限り、他社の参入を排除するという点で資産価値を有する。しかし、参入必至なマーケットではないために、他社から見て大きな関心のある特許ではなく、資産価値も大きくはない。


(b) 他社にインパクトをもたらし、マーケットシェアに影響を及ぼすレベル

 いわゆる戦略特許であり、ライセンス条件の設定や特許権に基づく差止請求権訴訟などにより、ロイヤリティの源泉となったり、マーケットシェアを確保増大させる点で、相応の資産価値を有する。他社からすると、自身のビジネスを継続するうえで必ず実施すべき特許であるので、ライセンスを受けるか(これは製品のコストアップに伴う競争力の減退を意味する)、ビジネスを断念するかの選択を強いられることになる。


2 特許マネジメントの重要性とこれに対する経営投資のあり方

 上述したように、「特許」は、本質的には「投資成果の保全効」、二次的には「マーケットシェアの保全効」を具備する法的ツールであり、それ自体が資産価値を有する。従って、「特許」を取得するプロセスの運営・管理(特許マネジメント)の巧拙は、企業の投資成果を当該企業に帰属させるときの効率(歩留まり)を左右するとともに、企業価値の向上に対して影響を与えうるものである。

 企業が特許マネジメントを追究すべき経営的な意味がここにある。

 企業は、特許マネジメントが経営上、このような位置づけを有するものであるということを認識した上で、最適規模の投資を特許マネジメントに対して行うべきである。特許マネジメントに対する投資効果は、必ずしも、コストの低減やシェアの向上という数値で表れるものではない。「特許」の有する本質的な機能は「投資成果の保全効」にあるのだから、特許マネジメントに対する投資規模をロイヤリティ収入とそれに要した特許マネジメントコストとのバランスなどという定量的な図式で決定評価してはならないのである。

 特許マネジメントは、開発投資の成果を有形化し、これを企業に帰属させるプロセスであるから(投資成果の保全効)、研究開発の最後のステップであるとも位置づけられる。その意味では、研究開発投資の規模に応じて、その一定比率は特許マネジメントに配分されるべきという考え方には十分な合理性が認められる。これに加えて、特許はマーケットシェア実現を発揮するという点で(マーケットシェアの保全効)、技術開発費や営業宣伝費と等価な性質を具備する。さらに、特許は一旦確保したマーケットシェアの維持機能を発揮するが、これは特許やブランド等の知的資産のみしか発揮し得ない効果である。

 このように考えていけば、特許マネジメントに対する投資額の適正規模は自ずから算出可能である。しかし、現状においては、多くの企業において、特許マネジメントに対する投資は過小であるという結論に至るのではないだろうか。



 第3話においては、「マーケットシェアの保全効」を有する特許が「良質な特許資産」であるという前提のもとに、そのような特許が具備すべき要件を分析し、これに資する特許マネジメントのあり方を論じる。



鮫島 正洋(さめじま まさひろ)
 知財評論家。知財に絡む社会の動きを怜悧に捉え、万人にその本質を伝えることをモットーとする。酒と美食を愛し、堕落を旨とするが、知財に対する想いは人後に落ちないと自負する知財エバンジュリスト。表の顔は「弁護士」、知財マネジメント・コンサルを隠れた生業としている。