知財の病院 (Vol.3-10)

 知財の病院を作った。知財ドクターと名のる医師とインターン数名で無給の仕事をしている。話は単純である。健康な知財を持っていると豪語している方々を診察してみたら、なんと重篤であったというだけの話である。診療を始めてからまだ9ヶ月目、患者を限定しているのでカルテ・データベースも少ない。しかし、臨床20数例の中から多種多様な病気があることが分かってきた。

 病院の仕事は9種類ある。1.健康診断、2.知財ドック、3.内科的処方、4.外科的処方、5.移植・不妊治療・助産、6.知財リハビリ、7.知財テストベット、8.紛争処理、9.CSR活動。仕事は楽しくやりたいものである。

 この病院は法人組織の知的資産連携機構という内部組織と各事業部局の窓口を結びつける役目を担っている。だぶん、循環器系と神経系を兼ねているためであろう、知財の生情報が組織の内外から飛び込んでくる。養老孟司氏の『唯脳論』(筑摩書房)ではないが、知財はヒトの脳からの産物である。キリスト教系の教育環境が染み付いているから、「唯'知'論」などいう過激なことはいわないが、目の前にいる我が家の黒いでかい犬の目玉を見ていると彼が脳化社会だと喝破したことに共感を持つ。

 さて、知財の病院の話にもどろう。多い仕事は内科的処方である。最近は中国語とドイツ語が飛び交っている。日本語のNDAを3時間で中国語にしろなどという患者もいる。このようなことも想定して、声をかけることができる人脈は十分に確保してある。この病院の患者に登録されると、患者の方は大変である。契約書を1枚見て欲しいという程度の問診のはずが、技術流失という病気にされ、しまいには法務リスク・クリニックを受けることになる。

 外科的処方は経験と勇気が必要だ。知財の棚卸しのときには、とにかく集められる限りの情報を収集して、最後は目利きで勝負している。移植は積極的にはさわらない。緊急を要する場合が少ないからだ。特に、特許年金が払えなくなった患者には冷たくする。しばらくしてから、体質改善を勧めることにしている。不妊治療はもっとも難しい、時間がかかる。だから、かなり初期の初期段階から知財ドクターが参画するように努力しているが、人手がないので仕事を選んでいるのが現状だ。助産の仕事は楽しい。長年に渡って積み重ねられてきた不定形の業務メソッドを知財化させる仕事が最近完了した。時間がかかったが、とても面白く充実した仕事であった。

 テスト・ベッド作りも楽しいが、現金と現物が動くから注意深く集中管理をしている。ハイリスクな起業支援はさけている。外国向けのローテクの安全圏を小さく作って育てている。現在、ハイリスクで大きなテスト・ベッドが二件うごめいている。どうなることやらと他人事の話として逃げたいが、情との狭間にある気になる存在だ。

 知財の病院はチームプレーが要である。仕事の中身は諸所の専門家を操る鵜飼に似ている。あるいは、ゴミ箱の掃除人の仕事に似ているという人もいる。がしかし、やはり、医者の仕事そのものである。その必要性を多くの者が感じ始めているが、それで飯が食えるのかは不明である。知財の理論を実践し、臨床資料を教材に加工して医師のたまごを育てている。だから、知財の病院が動いている。最近、わずかな浄財が入ってきた。診療報酬とすれば、納税しなければならない。むろん、病院の収支は仮勘定として試算している。金銭以外の価値をアドサティスというが、それがなければ自活はできない。そして、多くの応援団に支えられているから消滅せずに動いている。

 患者を制限せずに仕事をしたいのであるが、医者が不足している。初心者マークの医者を育てるには1年はかかる。独り立ちするには3年はかかる。それからが大変である。健康な知財を持っていると信じている企業が知財ドクターを雇ってくれるのだろうか。それはともかく、一人でも多くの知財ドクターを育てるため、奨学基金を作ることから始めてみようと考えている。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。