知財のアーリーステージ  (Vol.2-9)

 知財にはその発展段階がある。3000種類ぐらいの素案の中から、成長して、最終的に安定したキャッシュフローを生み出す段階に成長するものは、なんと、たった「1つ」にすぎない。創薬の分野になると、さらに、その三分の一程度であるから、知財の成功確率はかなり低いといえる。その成否は、どの段階で決まるのか。かなりの部分、アーリーステージといわれる段階で決まる。逆にいえば、早い段階で見えてくるということである。ここで使う「アーリーステージ」は、ベンチャー資本などが使っている用語よりも守備範囲が広く、研究開発の初期段階の話までをも含むものである。

 しかし、アーリーステージが重要だというのは、本当なのだろうか。重要なのであれば、アーリーステージの知財を客観的に評価するツールがあってもよさそうなものであるが、知る限りでは、その事例は少ない。多くの場合、客観的ツールよりも、手探りと勘の鋭さと情熱に頼っているのが現状である。もし、そうだとすれば、その手と勘と情熱とを上手に束ねるようなウェアラブル・システム(ふろしきのようなもの)を導入することを提案したい。成功確率が上がってきて、大リーグの松井のような3割打者に化けるかもしれない。いや、知財のホームランも可能だろうし、あるいは、犠牲フライのようなケースもプラス指向で評価されるようになるかもしれないのである。

 今、仮に、特許切れが特定の時期に集中して、巨大な市場の安定性が脅かされたとする。例えば、米国の医薬品分野では、この数年間に1.5兆円を越える市場が流動化して、いわゆる、多くのジェネリック商品が生み出された。このような環境に至ることが予想されている場合、アーリーステージの打率を上昇させ効率よく次世代の目玉を作る必要がある。一番単純な方法が、アダム・スミス流の「町針の理論」を実践することである。研究開発を細かい段階に区分けして、分業体制をとる。このようにすると、ベンチャー企業が生まれて、市場取引が二重、三重に多層化する。資源の効率的な配分が進んで、ついには、成功確率が上昇するというシナリオである。あるいは、洋服を裏返しにして着るような発想に基づく方法でも、成功確率を高くすることができる。例えば、最終ユーザーのニーズの出所を細かい段階に区分けして、その一つ一つにマーク(印)を付けて、アーリーステージの知財にたどり着くまで追跡してから、再度、ビジネス・モデル付のアーリーステージを組み立てるという方法を採択すると、成功確率が上がるらしいのである。

 もう一つ、市場の参入障壁が低く過当競争になり易い場合がある。日本の家電製品などがこの種の性質を持っていると思うが、今、仮に、シングル・ヒット程度の発明を小刻みに出して、手身近に費用を回収しながら、歩兵部隊のように塹壕を掘って先に進むというスタイルがあったとする。このような場合にも、アーリーステージの知財が強ければ、後方支援のような対応が可能になる。つまり、少しずつ、モデル・チェンジをした製品に知財価値の下駄をはかせることによって、競合品の追随を食い止めるような役割を担えるからである。したがって、この場合においても、アーリーステージの成功確率を高めることは重要なのである。

 三番目のケースは、一つの市場の中で4つ程度の技術がシェア争いをしており、かつ、十数社程度の企業が国内外で入り乱れているような環境の下で、主要部材の価格が下降しているような場合である。特定の製品を頭に描いて話を進めているのであるが、この三重苦を解消するためには、早急に、この製品のアーリーステージの知財を再点検すべきである。その場合、特許や著作権の範囲にとどまらず、技術のブランド力を作り出すためのアーリーステージを共通基盤として強化する必要があるだろう。さらに、近隣諸国につながったアライアンス網の中に引っかかっているアーリーステージの知財も精査すべきである。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。