知財のグローカル問題  (Vol.2-8)

 知財には制度摩擦や組織摩擦、さらには分野摩擦が付き物である。摩擦という言葉を三つほど並べたが、まさに、噛みあわせが悪い状態を意味する。制度ユーザーがグローバルな視野を持てば持つほど、ローカルな制度との接点が気になる。組織的な境目を越えようとすればするほど、組織内部からの制約が気になる。技術の隣接分野が融合して技術クラスターを形成すればするほど、全体と部分的な不具合が見えてくる。このような噛みあわせの悪さをグローカル(Glocal)問題と呼ぼう。

 日本知的資産研究会(幹事:学校法人尚美学園理事長赤松憲樹)ではグローカル問題の重要性を早くから指摘している。例えば、特許出願における、米国の先発明主義と日本やヨーロッパなどの先願主義の違いは典型的なグローカル問題である。仮に、先発明主義の方が有利だとすれば、日本企業でも研究ノート制度が普及し、120カ国が加盟するPCT出願が増加することになるだろう。また、知財に関する翻訳上の制約もグローカル問題の一つである。例えば、中国へ特許出願をするとしよう。中国政府から認定された国際特許事務所に翻訳を頼むと割高で、かつ時間がかかる。そこで経費をケチって、同じ原語を使っている香港や台湾で翻訳を頼んでみる。ところが、専門用語の違いを修正するために、もう一度、翻訳をし直さなければならないようなはめに陥る。ちなみに、中国と台湾では、「知財」という用語そのものが異なっているのである。これが、二十種類以上の言語を使い分けるインドの場合には、中国以上の手間がかかることになる。特定の技術領域から創造された「知的方言」が、国益や企業益の摩擦を大きくさせてしまうのである。

 このようなグローカル問題を取り上げたのは、知財を一元的に管理する方法の利点を強調するためではない。むしろ、知財の多元的な性質を無視すべきではないといいたいのである。例えば、知財の一元管理体制に基づきトップマネジメントを行っている研究開発専業のA社がある。その主力商品のCNTの技術開発においては、10ドル/グラムが開発目標になっている。用途開発を進める上では、樹脂メーカーB社とのクロスライセンスに基づき将来のビジネス戦略が起案されていたとする。他方、B社の知財は分社型のスタイルで知的財産部や研究開発部の中間管理職にまかせきりであるとする。B社はA社に対して、技術成果の中からコストパフォーマンスの良い部分だけを要求する。A社は潜在的な用途開発を狙ってチャンピョンデータを追い求める。このような場合にも、組織摩擦的なグローカル問題が発生する。特に、中間的成果の扱い方で両社の関係が緊張する場面も生じる。このようなことは、知財を管理する者たちの個人的な力量に差があるから発生するのではない。むしろ、知財の評価局面が組織的に限定されているがゆえに、グローカル問題が発生してしまうのである。したがって、解決策としては、A社もB社も知財の多様な評価局面に応じた組織的ソリューション機能、例えば、知財リエゾン(連携)組織を配置してリスク管理を徹底させることである。

 「新技術の目利き」についても同様なことが生じる。分野の融合が繰り返されて拡大発展している領域に多く発生する、いわゆる分野摩擦的なグローカル問題である。例えば、ナノテクの領域は特許の数も増え、新しい企業系列が形成され始めている。タンパク機能解明、DDS、免疫疾患治療薬のバイオ分野と、光触媒機能材料、細孔構造材料が連動し、さらに、それを介在して、燃料電池部品、ナノカーボーンが繋がり、イオンビーム薄膜形成からSPM、高密度磁気メモリまでの分野が一つの技術クラスターを作り出すようになった。しかし、数年前までは、関連する知財のバランスが悪く、技術クラスターは未熟であり、製品市場の成長を足止めさせていた。この種のグローカル問題は、研究開発の重点投資によって解消されるはずである。その後、特許マップで見る限り、燃料電池とナノカーボーン、DDSと細孔構造材料、免疫疾患治療薬とリソグラフィー加工などの技術リンケージが強まった。ナノテク産業の成長が加速することを期待する。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。