知財の証券化とその機能  (Vol.2-6)

 今から10年前、「知財を担保に資金を調達できないか」という話が飛び込んできた。数ヶ月後、そのスキームができた。知財担保融資の始まりである。当時、ほとんどの金融機関は知財を知らなかった。さらに、貸し倒れリスクの高い新規事業融資に限定された。もうからない小口取引にすぎなかった。しばらくして都市銀行も撤退し、現在では、政府系の日本政策投資銀行のみになった。しかし、今年から中国の上海でもこのスキームを利用し始めた。米国でも98年から利用している。

 もうからない知財担保融資の欠点はなにか。投資家を巻き込めない。担保知財の処分先を見つけるのが面倒くさい。したがって、細々と続けられてきたのである。しかし、なぜ、中国や米国では、そのような厄介者に手をつけるのか。知財をベースとした金融取引を保証する知財保険の仕組みが育ってきたからである。知財の管理会社が新しいビジネス・モデルを提供するようになったからである。

 資産の流動化法に基づくスキームには、欠点がないのか。特定目的会社が仲介に入り特許ライセンス収入を回収・管理する方式である。まずは、米国のイエール大学によるd4T(HIV免疫抑制剤特許)のケースがわかり易いだろう。BMS社と大学は長期にわたって特許実施料の70%についてライセンス契約をしている。残りの30%は発明者への職務発明配当である。そのライセンス契約から期待できる収入を上位ローン、メザニン・ローン、株式に組替えて、投資家(この場合RFAG社)に売却する。大学は100億円ほどの校舎新築資金を得ることができる。面倒な特許管理を大学の子会社で一括管理することができる。証券化されたときd4Tをベースとした治療薬の価格は担保設定される。将来のライセンス収入高くなれば、投資家はもうかるような仕組みになっている。この場合、投資家は治療薬の販売会社であるから、ウイルス感染者と大学病院を相手に営業を展開するビジネス・サイクルは、特許の発明者、信託会社、さらには、知財保険会社を巻き込んだ大きな「ループ・ストラクチャー(環状構造)」に変身する。このような知財証券化スキームの公表を大学が渋ったのは、導管性をもったループが「公益」に基づく「共益」の取引モデルではなく、単なる「私益」の取引モデルとみなされることを恐れたからである。

 最近、このスキームを使って、金額は小規模であったが挑戦的な試みが実現した。ソリューション企業の親会社が新規事業分野への参入リスクを回避したため、販路網の弱いベンチャー企業のコア技術を証券化することによって研究開発の追加資金を第三者から調達したケースである。この事例の特異な点は、キャッシュフローを生み出していないアーリーステージの技術が対象となったことである。一般に、ライセンシーとライセンサーの二者間の取引モデルでは、実施料率が不安定になることが多い。契約後に改良技術が追加される余地があればなおさらのことである。日本における証券化では、テクノロジー・ユニット投資信託(TUIT)のようなリスク分散型の信託は作られていない。しかし、「信託知財」の場合には第三者の信託的裁定が入るため、実施料の上限(投資家への還元額の天井)と下限(知財原保有者への譲渡価額)の閾値が設定される。その幅の中で実施料率が変動することになるので、価格の安定効果が生まれ、有価証券を発行しやすくなる。

 知財の活用形態としての証券化は未知数である。譲渡可能資産として育てていくには制度的制約も多い。まずは、信託知財というものを認知することから始めるべきだろう。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。