知財銘柄の序列と価値のトンネル  (Vol.2-5)

 今、A大学のA君は、大企業A社に就職したいと考えている。B大学のB君も、A社を本命にしているが、中堅企業B社を次の手に考えている。C大学のC君は、中堅企業Bに就職したいと考えている。A社はB社の事業を包括するような規模を保っている。A君とB君の競争によって、負けたB君がB社へ参入してC君と競争する。負けたC君は、さらに順位の低いC社へ押し出される。これが順位均衡の考え方である。仮に、A君、B君、C君を知財(特許、あるいは特許になる可能性)の銘柄であるとしよう。そして、大学を技術分野に読み替える。さらに、就職とは、研究開発成果である特許の専用実施権を企業が購入することであるとする。
そこで、A技術分野の基本特許A1、A2、周辺特許A3、A4があるとする。大企業A社は、特許A1、A2、A3までの購入に成功する。A4は中堅企業B社が購入する。このような繰り返しが行われ、技術分野のB、Cでも次々と順位均衡が成り立っていく。そして、最終的に買い手が付かなかった特許は、失業状態におちいる。むろん、それぞれの順位均衡が成立した企業の内部においても、期待する条件が変更されれば、特許(あるいは特許になる可能性)の企業内失業が発生し、中途解雇も生じることになる。

 A社では、知財の購入計画の段階において、A技術分野の適正裁定(最もリスクをこうむらずに鞘取を大きくする評価)がなされ、一定の経営期間に渡って、その価値の最大と最小の幅(これを「知財価値のトンネル」と呼ぶ)が試算される。同様にB、C分野でも価値のトンネルが求められる。さらに、AからC分野を包摂する評価がなされた結果、AとBの分野は互いに独立したものではなく、乗数的な連関効果を作り出していることが確認されたとする。知財を経営資産として最も上手に活用する能力を持っている企業が成長するのであれば、A社とB社との間に知財銘柄をベースにした序列が作り出される。

 他方、他の分野と独立した関係にあるC分野の市場は現時点では小規模なのだが、価値のトンネルの幅が大きく、将来の発展が期待できる発明の意外性が隠されている分野であるとする。A社は、経営のリスクヘッジを考えながら、ノンコアの領域であるC分野の可能性に投機をする。あるいは、特許になる可能性をすでに購入しているC社との共同研究開発を行う。ここでも、A社とC社との間に知財銘柄をベースにした序列の予約がなされる。

 このようにして、知財銘柄の「価値のトンネル」がABCと鎖のようにつながる。いま、価値のトンネルを抽象的に記号で[Z]と書いてみる。鎖のようにつながった知財銘柄は、あたかも、幾何級数のように{1+Z+Z2+Z3+・・・}となり、新たな価値を増幅する。これが、知財経済のシステムである。例えば、物作り経済の[Z]を標準化してみると、この数十年間に渡り、0.3程度になる。最終的に1.5倍の増幅効果が期待されてきた。道路などの場合には、0.45程度は期待できたから、結果的に、道路が増えてしまったのである。

 知財はどの程度の増幅効果があるのだろうか。賛否両論があり判定するのは難しい。理論的には、0.6乗の法則といわれる関係が影響するので、2.5倍を上回る増幅効果が期待できる。しかし、現実には、種々の制約がありすぎるので、過剰な期待は禁物だと推論する人々もいる。いずれにせよ、企業の財務会計においては、価値「ゼロ」とみなされているのが知財である。したがって、そのような場合には増幅効果はない。それに対して、知財経済のシステムにおいては、価値のトンネルが作り出され増幅効果が出現する。その増幅効果が大きければ、色々な知財が次から次へと溢れ出す。知財経済と物作り経済が連動すれば、さらに、大きな増幅効果が期待できるはずである。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。