知財の不良債権処理  (Vol.2-4)

 日本経済の成長は実質でプラス、名目でマイナス。賃金や借金は名目の世界。経済の回顧録や企業リストラの評価は実質の世界。このような二枚舌の生活が現実なのである。

 しかし、知財の世界は複雑だ。「実質でマイナス、名目でマイナス」の負け組みと、「実質でプラス、名目でプラス」の勝ち組みとが入り交ざって、結局、「実質でプラス、名目でマイナス」の二枚舌になっている。知財の実質がプラスになった原因は、発明数(出願件数×項数)が6パーセントも増えているからである。他方、名目がマイナスになった理由は、株価の純資産倍率が急降下しているからである。多くの不良債権を抱える銀行では、自己資本比率を算出する際のリスクウエイト項目の中に、知財などという不可解な資産を参入はしない。しかし、多くの企業は、株価が暴落すれば、企業価値の期待値が下がるから、保有する知財の稼働率を上げようとして、知財の棚卸を始める。期待収益が低いものは、叩き売りされるかもしれない。同時に、研究開発の現場では、叱咤激多で新しい知財を作り出す努力がなされる。出来上がった良い知財は企業の内部に囲い込まれる。したがって、外部の知財取引市場には、二級品が出回ることになる。あるいは、このような不況の困った時代には、手と手を取りあって結託した方が良いはずであるから、未活用の知財に実施許諾を与えることも生き残りの選択肢である。知財を持つことが、新規市場参入へのパスポートの役割をなすようになってきたことは良いことである。しかし、模倣されやすい知財の偽造被害も多くなっている。さらに、知財銘柄の品質管理が大切だとはわかっていても、一連のプロセスに参画できる人材はかなり不足している。かくして、知財の管理コストは次第に上昇することになる。

 そこで、知財、それ自体の「不良債権処理」に関するクリティカル・パスを考えてみよう。平成14年度特許庁調査報告書「特許流通市場における特許価値評価システムに関する調査報告書」において、基本特許が少ないと回答した企業は、695社中264社であった。未活用特許の割合は、取得特許総数に対する平均値で見た場合、約54%であると報告されている。さらに、未活用特許の割合が多いか否かを直接質問され、多いと答えた企業数は、回答企業の4割を超える。知財の活用に関する非効率的なプロセスが発生しているのである。この調査結果を研究開発費の大小に順じて並び替えてみる。すると、別の姿が見えてくる。大規模と小規模の企業群には、極めて効率的な運用をしている企業がいる。それに比べて、中規模の予算で研究開発を行っている企業群の中には、非効率な企業が目立つ。もし、そのような企業の不良債権処理の方法に安定したクリティカル・パスが見つけられるとすれば、たぶん、新規事業開拓に関連する経路の知財運用に不備があると思われる。そして、市場性の評価に関する情報が体系的に不足しているため、むだな時間と資源の浪費が累積してしまうのではないかというシナリオにたどり着く。では、小規模企業群の中に極めて効率的な知財運用をしている企業がいるのはなぜか。おそらく、戦略的な拠点投資配分を行うことによって、市場性の評価の焦点がボケることを回避しているものと推測される。しかし、そのような企業が爆発的に成長するかどうかは不明である。小規模で安定しているのかもしれない。

 いずれにせよ、研究開発の予算規模に応じて、知財銘柄の順位均衡が成立し始めていることは確かなようだ。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。