職務発明の争点(その三)  (Vol.2-3)

 研究開発の現場は、時間との競争である。1965年代、研究開発に要した時間は平均3.8年であった。その成果を実施するまでのリードタイムは、1.2年であった。さらに、その知財により利益が得られた平均的な期間は、16.8年であった。それが、35年後の2000年には、研究開発期間は2.6年になり、導入のタイムラグは、0.9年になり、そして、利益が得られる期間は、3.2年に短縮した。知財のライフサイクルが急激に、短くなったのである。このような研究開発環境の中で、優秀な知財は生み出されたのであろうか。ここでは、個別の知財評価は避けるとして、国全体のレベルから見た、知財のアウトカム指標を試算してみる。1995から2000年にかけて、米国では、年平均2.2兆円のプラス効果がもたらされた。しかし、日本では、なんと、年平均2.9兆円のマイナス効果であった。負け組みの知財が勝ち組みの足を引っ張ったのである。それから、3年が経った現在。日本の知財のアウトカム指標は、年平均1.5兆円のプラス効果まで回復してきた。他方、米国の知財は、相変わらず、その2.5倍の余力を保っている。

 このような構図の下で、職務発明のルールを考える必要がある。競争原理が強く働く分野においては、ルールの設定競争に勝つということが求められる。私利私欲のゲゼルシャフトの世界が成り立つための前提として、参加者の共益を成り立たせるためのゲマインシャフトの構想が必要になる。日本発のルールの提案を実践する時代に入ったのではないだろうか。

 例えば、職務発明に関しては、いくつかの訴訟判例があり、そして、最高裁の判決もなされた。仮に、過去の判例に基づく単純な平均値が、発明の相当の対価に関する相場観を標準化させる役割を持つのであれば、つまり、相場の初期値、あるいは、最低賃金に似た基準になるのであれば、それは、ここでいう「ルールの設定競争」に他ならない。

 さらに、最高裁の判決に解釈を加えて、例えば、相当の対価の適正価額、それ自体が変動する余地が認められたのであるとすれば、当事者間で円満な解決を模索するためには、追跡的な評価措置を図る方が望ましいということになる。知財評価の「算定基準の変動性」を勘案した、いわゆる、事業リスクの負担分担や知財の減損テストの考えを導入したルールの設定競争が可能になったのである。

 ルールの設定競争はこの範囲にとどまらないだろう。特許以外の知財、例えば、ソフトウェア、TRP(有形研究財産)、種苗、研究ノート、証券化知財などの評価ルールに影響を及ぼすことになる。むろん、研究と開発と事業化の組織的・制度的な仕切りのルールにも影響がでる。研究のアーリーステージにおいて、想定されるリスクを加味して現在割引価額を試算し権利の承継を完結させた場合と、反対に、その知財の権利が満了する終点において、それまでに実現した生涯キャッシュフローを認定して、事後配分を算定する場合との間に、「機会の選択」というオプションが発生する。研究と開発と事業化が「オール・イン・ワン」になっている場合、あるいは、「アウトソーシング」により提携契約が成されている場合などの局面に応じて、オプションの行使に関する新たなルール設定の改革が進むだろう。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。