職務発明の争点(その一)  (Vol.2-1)

 国家公務員の職務発明に対する支払限度額600万円が撤廃される直前、関係各省庁の平均的支払い額の、約144倍という驚異的な記録を示した発明があった。従来、防衛庁関連の発明は高額評価がなされてきたが、その平均値と比べても、約74倍の評価となった。これが、まさに、青色LED分野、つまり、先端技術のトップランナーに対する評価なのである。

 一般に、毎月の給金と定期的なボーナスをもらっている、現職の研究開発従事者が、当然期待される業務の結果として、発明をする。むろん、失敗もする。そして、その発明の範囲に過不足なく、権利化の手続きが行われ、それが成立したとする。一連の過程において、ノウハウも含め職務発明の報奨が考課されることになったとする。仮に、職務発明報奨の社内取り決めに基づき、定期昇給の枠組みとは別途に、その発明に対して、一時金の支払いとその後の経過査定が行われたとすれば、優秀な研究開発従事者にとって更なる励みの材料になるだろう。また、当該発明に関わる査定が明記され、能力給のベースアップに加算され、かつ、特定の肩書きを賦与した昇進がなされるならば、研究開発を活性化するための宣伝文に使えるだろう。しかし、昨今、優秀な人材を確保するためには、この程度の「古いアメ玉」では不十分である。

 それは特許法第35条に基づく、通常実施権の無償承継の範囲を越えた、「相当の対価」にその根拠を求めることができる。むろん、アメ玉があるのであれば、「ムチ」があっても良い。仮に、失敗の「相当の対価」を算定することができるのであれば、リスクの負担を能力給に賦与することは可能である。ただし、雇用慣行上、あるいは、組織的な制約から、発明と失敗の適正な裁定が履行されるかどうかが不明である場合には、何らかの仲裁機能が必要になるだろう。

 さて、その後、その発明が、適正と思われていた予見に反して、過大な利潤を生み出すことになったとする。契約に基づき権利の移転が専用実施権を含む範囲まで完結しているのであれば、その発明者は、伝説的な名声と何らかの肩書きと共に、利潤の一部からの間接的な配当を受けることができるだろう。ときには、資本家として、株式等の割引券を入手することも可能になるだろう。仮に、その過大な利潤の中に独占的利潤が含まれ、かつ、権利の承継において、そのような「プレミアム」の配分が想定されていなかったとすれば、後の争点になるだろう。

 さらに、状況が変化して、雇用関係の解消が行われ、その発明者が退職をしたとする。退職金や年金の算定の中に、「相当の対価」の残価額が明示的に考慮されているであれば、そして、その権利の請求権の相続人に対しても承継の確認がなされているのであれば、あたかも、「利潤とリスクの共同体」から退役した際に生じる債権処理に準拠する扱い方をしても良いはずである。

 知的財産を明示して、経営資源としてその価値形成プロセスを運営するということは、発明者との間に「新しいアメとムチ」のシステムを築きあげるということに他ならない。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。